Matsuo Laboratory

磁性体のベクトルヒステリシス特性のモデリング

電気機器高精度解析のキーポイント

現代社会の電力消費の約半分がモーターによるものであり,そのため,電力損失の大きな部分をモーターに生じる鉄損が占めています。また今後,環境負荷が小さい電気自動車の普及が予想されることから,モーターの更なる高効率化と小型軽量化が必要とされています。一方で,計算機および解析手法の進歩により,モーターなど電気機器の開発には計算機による電磁界解析が不可欠となっています。

しかし,電気機器の鉄芯材料である電磁鋼板は,

  1. ベクトル磁気ヒステリシス特性を持つこと,および,
  2. 積層して用いられること

から,これらを考慮した電気機器の電磁界解析は容易ではありません。このため,磁気飽和のみを考慮した解析の後,ヒステリシス損や異常渦電流損を経験的な算出式を用いて後処理的に求めることが通常で,このことが,高速大規模電磁界計算技術の進展にもかかわらず,電気機器の電磁界解析の高精度化の妨げとなっています。

そこで,本研究室では,電磁鋼板の複雑な磁気特性の効率的で正確なモデル化手法の開発に取り組んでいます。

表現能力と記述の容易さを兼ね備えたヒステリシスモデルとしては,プライザッハモデルが有名ですが,記憶容量と計算コストの点から大規模電磁界計算に不向きです。本研究室では,プライザッハモデルと同等の表現能力を持ちながら,より効率的なヒステリシスモデルであるプレイモデルとストップモデルに着目して,これらの電磁鋼板の磁気特性表現への応用を行っています。

図1に,無方向性電磁鋼板(JIS: 35A300)のマイナーループを含む直流磁気特性を表現した例を示します。また,図2に方向性電磁鋼板(JIS: 30P105)の高調波を含む交流特性を表現した結果を示します。図より,複雑なヒステリシスループが精度良く再現されていることがわかります。これらは,一方向のヒステリシス特性 (スカラーヒステリシス特性) ですが,モーターなど電気機器の電磁界解析のためには,磁界と磁束密度の両ベクトル間のヒステリシス特性の表現が重要です。

図1 マイナーループを含む直流BH曲線 図2 高調波を含む交流BH曲線

図3は,ベクトルヒステリシス特性の一例で,回転する磁束密度ベクトルBに対する,磁界ベクトルHの変化を示しています。ヒステリシス特性のため回転方向によってHが異なり,Hの位相がBより進んでいます。本研究室では,このような特性を表すベクトルヒステリシスモデルの開発を行っています。図4は,無方向性電磁鋼板の回転ヒステリシス特性を等方性近似してベクトルプレイモデルで表現した結果です。回転ヒステリシス損失は,鉄芯が飽和に近付くにつれて減少するのが特徴ですが,ベクトルモデルにより精度よく表現されています。
図3のようにベクトルヒステリシス特性については異方性があります。図5に回転磁束に対するシミュレーション結果,図6に楕円回転磁束に対するシミュレーション結果の例を示します。異方性モデルにより磁界ベクトルの軌跡が精度よく表現されています。200Hzの交流回転磁束に対しても図7のように精度の高いシミュレーション結果が得られています。その結果,図8のように1周期あたりの鉄損を精度良く算出できるようになりました。
現在は,有限要素法を用いた磁界解析への応用に取り組んでいます。

図3 ベクトルヒステリシス特性の例 図4 回転ヒステリシス損

(a) 等方性モデル (b) 異方性モデル
図5 回転磁束に対する磁界ベクトル軌跡(赤線: シミュレーション結果,青線: 計測結果; □印は Bx=0 または By=0 となる点)

(a) 等方性モデル (b) 異方性モデル
図6 楕円回転磁束に対する磁界ベクトル軌跡(赤線: シミュレーション結果,青線: 計測結果)


図7 200Hzの回転磁束に対する磁界ベクトル軌跡(赤線: シミュレーション結果,青線: 計測結果)


図8 1周期あたりの鉄損(赤線: シミュレーション結果,青線: 計測結果): (a) 交番磁束 (b) 回転磁束

2014.2.18 更新