Matsuo Laboratory

マルチスケール計算磁気学

ミクロな視点からマクロ磁気特性を解き明かす計算材料物理学

ハードディスクに代表される磁気記録材料から,電気機器の鉄芯材料に至るまで,磁性材料は広範な分野で用いられており,取扱われるスケールも,ナノスケールの微細構造から数メートルの電気機器まで広い範囲に亘っています。電子のスピンに由来する磁性は,最近ではスピントロニクスと呼ばれる研究分野を産み,新しいデバイスの研究開発が盛んになっています。スピンの集合的な振る舞いはLandau-Lifshitz-Gilbert(LLG)方程式によって記述され,これを用いたマイクロ磁気学シミュレーションは,磁性デバイスの開発に際して欠かすことのできない解析手法として用いられています。

他方でマクロなスケールに目を転じると,電磁鋼板やフェライトに代表される鉄芯材料の磁気特性に関して,計測結果に基づく現象論的なマクロモデルが存在するのみで,鉄芯材料の組成や結晶粒の構造あるいは磁区や磁壁の振舞いから,マクロな磁気特性を再現することは現状では困難です。これは,材料内の磁区や結晶などミクロな構造を反映した物理モデルが存在しないことによります。

このような観点から,本研究室では,結晶粒やミクロな磁区の振舞いが磁性体全体に及ぼす影響を記述し,マクロ磁気特性を計算機上で再現することができるようなマルチスケール磁気特性モデルの開発を行っています。

将来的には,電気電子機器に要求される性能に応じた磁気特性が得られるように,逆に磁性材料製作へフィードバックできるような,計算材料物理学の構築を目指しています。

さて,前述のマイクロ磁気学シミュレーションは磁壁や磁区の振舞いを記述できますが,計算コストの面から,鉄芯材料のマクロな磁気特性を表現することは不可能です。また,磁壁や磁区の振舞いは,結晶粒界や結晶内の不純物や空孔などの影響を強く受けます。

そこで,結晶粒スケールの磁化過程の基本的な機構を明らかにするために,単純化磁区構造モデル(SDSM)を開発しています。鉄などの立方磁気異方性を持つ磁性体に対しては6磁区のSDSM(図1)が有効です。さらに,SDSMの集合としてマクロ磁化過程を記述する集合磁区モデル(図2)を開発しています。これらのモデルは,自発磁化の大きさや磁気異方性定数および磁歪定数など材料定数を基にして,エネルギー極小化の原理から磁性材料の磁化特性を再現する物理モデルであることが特徴です。

集合磁区モデルを用いて,電磁鋼板の磁化特性を再現した結果を図3~5に示します。図3は回転磁束に対して方向性電磁鋼板の表面磁界ベクトルの軌跡を示しており,磁気異方性に起因する複雑な軌跡がよく再現されています。図4は無方向性電磁鋼板に圧縮応力を印加した時の磁化特性を示しています。圧縮応力による透磁率の低下が表現されています。また,ピンニングサイトの分布を仮定することにより,図5のように圧縮応力によるヒステリシス損の増加を精度よく再現することにも成功しています。

図1 単純化磁区構造モデル(SDSM) 図2 集合磁区モデル


(a) 計算結果 (b) 測定結果
図3 回転磁束に対する方向性電磁鋼板の磁界ベクトル軌跡



図4 応力に対する無方向性電磁鋼板の磁化特性の変化


(a) 応力なし (b) 圧縮応力40MPA
図5 圧縮応力による磁気ヒステリシス損の増加


2017.2.15 更新